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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1498号 判決

控訴人 坂井保治

右訴訟代理人弁護士 小林伴培

被控訴人 小泉閏

右訴訟代理人弁護士 増田道義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人が当審において追加した予備的請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「1原判決を取り消す。2(一)(主位的請求)被控訴人は控訴人から金三〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、控訴人に対し、別紙物件目録一記載の建物を収去して同目録二記載の土地を明渡し、昭和三五年四月一日から右明渡済みに至るまで一か月金一〇〇〇円の割合による金員を支払え。(二)(予備的請求)被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録一記載の建物のうち附属建物(1)、(2)を収去して同目録三記載の土地を明渡せ。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上、法律上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決四枚目表四行目に「原告」とあるのを「被控訴人」と、同五枚目表五行目に「本件土地所有に」とあるのを「本件土地所有権に」と各訂正する。)。

1  主張

(一)  控訴代理人

(1) 被控訴人には他に財産がなく、別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)、同目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)以外に差し当たって居住すべき場所がないことは事実であるにしても、本件にあらわれた諸事情、特に、被控訴人は昭和三七年三月二五日前には本件建物に居住しておらず、他にアパートを借りて生活していたものであり、また会社員であって、本件土地、建物に固執する必然性が薄いこと、本件土地、建物は被控訴人の家族構成からいってかなり広いものであること、本件建物は建築後少なくとも四〇年余を経過し、相当老朽化していることなどを総合すると、被控訴人及びその家族が他に居住するに足る移転先を確保できるならば、被控訴人が本件土地、建物を使用する必要性は著しく減少するものといわなければならない。そして、被控訴人の家族構成及び現在居住している本件建物の利用坪数等を考慮すると、被控訴人の移転先としては建物が一五坪前後、敷地が二五坪前後あれば足りるものと思われるところ、現在東京都内において右程度の規模の土地、建物を購入することは金三〇〇〇万円あれば十分可能である。

そこで、控訴人は、本件更新拒絶の正当事由を補強するため原審において支払を申し出た金一六〇〇万円を金三〇〇〇万円に増額し、主位的請求として、被控訴人に対し、控訴人から金三〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件建物を収去して本件土地を明渡すこと及び昭和三五年四月一日以降右明渡済みに至るまで一か月金一〇〇〇円の割合による賃料及び賃料相当損害金の支払を求める。

(2) 仮に、控訴人主張の本件更新拒絶の正当事由をもっては、本件土地全部の明渡を求めるに十分でないとしても、本件土地上には東側公道に面する部分に母屋が存在するほか、西側部分に別紙物件目録一記載の附属建物(1)、(2)が存在するところ、被控訴人の家族構成からいって右母屋のみでも居住には十分過ぎる広さがあるというべきであるから、本件更新拒絶により右附属建物の敷地である別紙物件目録三記載の土地部分の明渡を求めることは認められてしかるべきである。

よって、控訴人は被控訴人に対し、当審における新たな請求として、予備的に、右附属建物を収去して本件土地のうち右土地部分を明渡すことを求める。

(二)  被控訴代理人

控訴代理人の右主張(1)、(2)はいずれも争う。

2  証拠関係《省略》

理由

一  訴外亡小泉清(以下「亡清」という。)がかねてから本件土地を訴外富原薫より賃借し、同地上に本件建物を建築して所有していたこと、右賃貸借契約は昭和二九年七月一五日に更新され、期間二〇年の契約として存続していたこと、亡清が昭和三七年二月二一日死亡し、その子である被控訴人が相続により本件土地の借地権及び本件建物の所有権を承継し、現に本件建物に居住していること、控訴人が昭和三五年二月二五日訴外富原薫から本件土地を買受けてその所有者となり、右賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  控訴人が昭和四八年四月三日の原審第二九回口頭弁論期日において、昭和四九年七月一五日に期間の満了する前記賃貸借契約の更新をあらかじめ拒絶する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるところ、右意思表示は被控訴人の主張するように右期間満了時から一年余も前になされたものであるから、これ自体をもって更新拒絶の効果が生じるということはできないが、被控訴人に対し本件土地の明渡を求める本訴がその後も継続し、その間既に右期間満了時を経過している以上、前記意思表示とその後の本訴継続とが相まって、有効な更新拒絶の意思表示があったものと解して妨げないというべきである。

三  そこで、控訴人の右更新拒絶に正当事由があるか否かについて以下検討する。

《証拠省略》を総合すると、控訴人は、菓子製造販売等を業とする株式会社坂井屋(以下「坂井屋」という。)の代表取締役社長であるが、坂井屋は控訴人の同族会社であって、都内に卸先二〇店、直売店一七店を有し、手広く商売を営んでいること、控訴人は昭和三五年二月に本件土地及び別紙図面中C、D部分から成る東京都中野区鷺宮三丁目一一九七番の一、同図面中B部分である同番の二の土地を訴外富原薫から買受けたが、その際右土地に居住する者達は容易に立ち退かせることができ、右土地を一括して利用できるとの話であったので、控訴人としてはかなり高額と考える代金を右訴外人に支払ったこと、別紙図面中B部分には控訴人の同族会社である訴外国際商事株式会社の所有する建物が存在し、これを坂井屋が賃借する形式をとって菓子小売及びレストラン業を営んでおり、同C部分の西側半分は空地で東側には従前から存在した木造二階建の建物があり、これを前記訴外会社が所有して坂井屋が賃借する形式をもってその社員寮として使用し、三世帯を入居させていること、控訴人としては前記買受当初より右B、C部分及び本件土地をあわせて効率的に使用することを考え、そのため右C部分を占有していた訴外井出雅之等には裁判上の和解により相応の立退料(金一四九一万円)を支払い、昭和四五年三月末日限り立ち退いてもらったものの、被控訴人が本件土地からの立退きに応じないため、右企図は実現していないこと、なお、本件建物は建築後相当年数を経てかなり老朽化していることをいずれも認めることができる。しかしながら、本件土地の明渡が得られた場合、控訴人側においてこれをどのように利用するかについて、坂井屋の取締役営業部長である当審証人関敏男は、坂井屋としては、その社員に地方出身の若年者が多いため社員寮を用意する必要があるところ、既設のそれ(前記C部分にある二階建建物のほか、本社の三、四階に約一三〇名収容のものがある。)では不足であるので、本件土地と前記C部分とをあわせて五〇名程度を収容できるものを建設したい旨供述するが、右供述のみによっては、そもそも右社員寮建設の緊急自体、更には右建設のために本件土地を利用することが是非とも必要とされるゆえん(例えば、《証拠省略》によれば、前記C部分は八二坪六合一勺あるのであるから、この剖分を有効に利用することによっても右社員寮建設の目的はある程度達しえないではないと思われる。)について十分納得することはできないというべく、控訴人が本件土地の明渡を求める理由は、ひっきょう、駅前の一等地である本件土地とその周辺土地を一括して効率的に利用することが経済人である控訴人ないし控訴人が代表者をしている坂井屋にとってより利益であり、望ましいということにつきるものと考えられる。

一方、《証拠省略》によれば、被控訴人は大正一三年生れであって、昭和一八年頃船会社に就職し、海上勤務を続け、昭和三二年頃からは石油製品の輸入、製造、販売を業とする会社に勤務し、昭和四七年から同じ業種の株式会社N・P・Cに勤務して現在に至っているものであり、月給は約金二〇万円で、妻も洋裁の内職をして家計を支えていること、本件土地のうち別紙図面中甲、ハ、ニ、ホ、ヘ、甲の各点を順次結ぶ直線をもって囲まれた部分に本件建物のうち母屋(その現況面積が登記簿上の面積を超えて四〇坪あることを認めるに足りる証拠はない。)が、別紙物件目録三記載の土地部分に、母屋に接続して附属建物(1)、これと約一間を隔てて附属建物(2)が各存在していること、本件建物に居住しているのは被控訴人夫婦とその間の男子一人(一六歳)だけであり、三人家族としては本件建物の建坪は若干広い感じもしないではないが、亡清の遺した絵画等が収納されているので、実際にはさほど余裕のある住居とはいえないこと、被控訴人は亡清から相続した本件建物と本件土地の借地権のほかには見るべき資産を有しておらず、現在明渡を求められても移転先のあてはなく、本件土地、建物(前認定のとおりかなり老朽化しているものの、居住に格別の支障がある状況は認められない。)に従前どおり居住を継続する必要性が高いこと、本件建物には昭和年九頃から被控訴人の父亡清が妻と共に居住し、被控訴人は昭和一八年頃海上勤務をするようになって以来本件建物を離れ、アパート暮らしをし、亡清が死亡した直後である昭和三七年三月頃再び本件建物に移り住み現在に至っているのであるが、亡清は売れない画家で、目ぼしい遺産としては本件建物と本件土地の借地権しかなく、昭和三六年一〇月控訴人から明渡を求められて仮処分の執行を受け、その直後妻を失ったこともあって、長男である被控訴人に対し自己の死亡後は本件建物に移り住んで財産を維持することを強く望んでいたので、被控訴人はこれに応える意味もあって右のとおり移り住んだものであり、被控訴人のみの占有についてみても、前記賃貸借契約の期間満了時において既に一二年に及んでいることがいずれも認められる。

以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定した諸事情を総合して考えれば、控訴人の本件更新拒絶には正当事由があるものと認めることはできないといわざるをえない。控訴人は、正当事由の補強として原審で支払を申し出た金一六〇〇万円を当審において金三〇〇〇万円に増額し、右金員をもってすれば被控訴人にとって十分な条件を備えた移転先を確保することが可能である旨主張し、なるほど《証拠省略》によれば、右程度の金員をもって東京近郊に控訴人が主張する程度の規模の土地、建物を購入すること自体は不可能ではないものと認められるが、《証拠省略》によれば、不動産鑑定士により本件土地の借地権価格は昭和五〇年一一月三〇日現在において一平方メートルあたり金五〇万九六〇〇円、合計金一億〇三三三万二〇〇〇円の高額となる旨の評価もなされているところであり、控訴人に強い自己使用の必要性を認め難いことなど先に認定した諸事情を勘案するときは、右金員の支払申出をもって控訴人の本件更新拒絶に正当事由が具備されるに至るとすることはできないというべきである。控訴人が請求原因7項において主張する調停、和解の経過は以上の判断を何ら左右するものでなく、他に以上の判断を左右するに足りる証拠はない。

四  次に、控訴人は、予備的に、本件更新拒絶により少なくとも本件土地のうち別紙物件目録三記載の土地部分については明渡が認められてしかるべきであると主張するが、別紙図面によって明らかな本件土地の形状及び先に認定した本件建物の位置関係からすれば、右土地部分は本件建物のうち附属建物(1)、(2)の敷地として、本件土地のその余の部分と密接な一体を成して現に使用されていることが認められる一方、右附属建物の設置が被控訴人の居住にとってさして必要のないものであることを認めるに足りる立証は何らなされていないのであり、このことと前項認定の諸事情をあわせ考えれば、控訴人の主張するように、本件更新拒絶に賃貸借の目的土地の一部である右土地部分につき特に明渡を求めるに足りる正当事由があるものとは認め難いといわなければならない。

五  以上の次第であるから、控訴人の被控訴人に対する主位的請求及び予備的請求はいずれもこれを失当として棄却すべきものであり、右主位的請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、かつ当審において追加された右予備的請求を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 滝田薫 河本誠之)

〈以下省略〉

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